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シノザキの日記です。 日常及び漫画・ラーメン・MTGなど 





佐藤康光が二番の男化している件について
日記のスタイルをいろいろ試してみようと思います。

 少し前だけど山梨にブックオフツアーに行ってきた。詳細は会誌に載るので書かないけど、寿司と焼肉が一緒に食べられる店を信用してはいけない、ということだけは遺言として残しておきたい。

 人生をゲームとして捉えるのがどれくらい適切なのか。僕にはまだ分からないが、とりあえず人生には明確な目的や勝利条件がないことを前に述べた。それにもかかわらずこれをゲームとしてプレイする場合、「アドバンテージを取ること」「自分にとってアドバンテージとなる対象を変更すること」の二つを同時に行うことになる。これは麻雀などでも同じで、トップを取るという目的はほぼ常に同じでも、ある局面で打点を重視するか、速度を重視するかなど、いま何に最も価値があるのかを判断しなくてはならない。ただ、人生の場合は手段のみならず最終的な目的においても正着が明確でないということである。
 ただ、どんな人生にも志向性があるという事実が、ゲームとしての人生という見方を照らしているようにも思われる。人間は生理的な欲求と提示される価値観(教育など)によって、ふつう自由度の高い行動ができるようになるまでには一通りの価値観をビルトインされている。そしてそこから、自分の目指す価値を求めると同時に、周囲とのコミュニケーションによって価値観の変化が起こっていく。 
 蛇足だが、「人生はゲーム」という言葉は人生の価値を軽く見積もっているように言われるがもちろんそんなことはない。それは人生に1UPやリセットボタンがあるという意味ではなく、むしろ個人の立場で見れば人生こそがあらゆるゲームの外側にあるのだから、ゲーム内ゲームのイメージを人生に投影するのは誤っている。
 

最近読んだ本
「系統樹思考の世界」(三中信宏)
「キリンヤガ」(マイク・レズニック)

スタック
「奇蹟」(中上健次)
「80年代SF傑作選(下)」
「ノーストリリア」(コードウェイナー・スミス)
「哲学の脱構築」(リチャード・ローティ)

 他いろいろ。SF傑作選は読みさしで電車の中に忘れたっぽい!fuck!
 「系統樹〜」は面白かったけど、予想したほどすごいことが言われているわけではなくおおむね常識的な内容だった。でも大学の初年度とか高校の夏休みとかで読ませるにはすごくいい本だと思う。読みやすいし、論理的な思考法の分かりやすい例がのっている。
 「キリンヤガ」はなんかすっげー速く読めた。理屈がていねいっていうか話の筋が見えやすいからでしょうか。全体に面白かったけど、一番人気が高かったとかいう「空にふれた少女」が一番つまんなかった。著者もこの作品がお気に入りらしいけど、ホントに? 正直いってこの作品の悲劇なんてセカチューで恋人が白血病でした! とかそういうのと同じなんですが。センスなさ過ぎて、ハイハイそうですかよかったねとしか思えん。具体的にいうと誰も悪くないのに世界が残酷で悲しいことが起こるんですけど、そこに説得力がなくてとってつけた感じにしかなっていないということです。尺も足りないし、話もシンプルすぎる。もっともそれを差し引いても、この本はいい本だし「空にふれた少女」もするっと読んで上手いと思えるんですが。でも作品の構造がよくないから、文章にすると批判になってしまうなあ。
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2006-09-20

山川洋明と菅谷梨沙子は似ている
僕の悪魔的近眼によると従者さんと小日向文世も似ています。


渋谷シネマヴェーラでだわさんと「デジモンアドベンチャー02」を観てきました。
以下ネタバレ含みます。

 一言でいうと、かなり狂った映画でした。そして面白かった。
 あらすじは「悪いデジモンが現れた→みんなで倒す」という普通のものなんですが、そのデジモンはかつては善良なデジモンで、7年前にはぐれたパートナーを探すうちに凶暴化してしまったという設定付き。でまあ、そういうやつを倒しちゃっていいのかという葛藤があるんですが、その葛藤というか重苦しさがハンパじゃない。つーか、監督が一般的な娯楽アニメ映画の演出法というものをほとんど無視していて、もう徹底的にその重苦しさに向き合わせるように演出してるんですよ。
 具体的にいうとまず音楽がカウボーイビバップみたいなブルースで、デジモンが戦ってるシーンも全編泣きのアコギが入るという異様さ。っていうか変身シーンとかを除くとほとんどそれ。尺の割り振りもそうとう狂ってて、映画の前半は目的地に向かってヒッチハイクするだけだし、後半は目的地に着くやいなや敵デジモンとの戦闘。その戦闘が30分くらい最後まで。しかもそのほとんどは圧倒的な強さの敵にただボコられてるだけ。そしてその間もSEの音量は小さいしカメラ移動も視点転換も台詞回しも早くならないし音楽はアコギだしで一向にスピード感も爽快感もないまま異常な重苦しさを維持して映画が続いていくという不思議。
 よく考えるとストーリーもけっこうわけが分らないんですが、何よりこの演出がやばい。伏線を張ったり、クライマックスを盛りあげたり、バトルで緊張感とスピード感を出したり、最後に敵を倒してカタルシスが訪れたりといった方法を徹底的に拒否しています。特に速度についてそれは顕著で、ふつうバトルシーンにはスピード感というものが必ず演出されるものですが、上に述べたようにそういった速度変化がほとんどなくて始めから終わりまで大体同じテンポで映画が進行しているんです。しかもそれは下手だからじゃなくて意図的なので、ますます何がなんだか分らない、ふつう映画を観ていてもたどり着けない領域に引きずり込まれるわけです。
 こんな風に書くと娯楽性拒否のサブカル映画みたいに聞こえますが、わけのわからないことにこの映画はそれでも面白いんですね。通常のエンターテイメントとは全く異なる方法論で無理やりエンターテイメントに仕立てているというか。僕はデジモンについての前提知識はゼロで、TV放映分もまったく見ていないんですが最後まで目が離せませんでした。んで観終わったあとだわさん(こっちにも感想あり)と話したんですが、
「この面白さをどうやって説明したらいいかわからない」
という点では二人とも同じでした。この映画が与える強烈な印象は、上記のような特殊な演出法によると思うんですが、それがわかってもどうして面白いのかという話にはなりません。まあとにかく、インパクトを求める人にはお勧めです。劇場で観れてよかった。
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2006-09-02

  

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